もうひとりのホワイトデーの仕掛け人 133

福岡ホワイトデーの仕掛け人

同じ時期にホワイトデーを作った人が九州の福岡にいました。

その人は九州の福岡市博多にある和菓子屋、石村萬盛堂の石村善悟社長です。

売り上げ向上のため

新しい菓子を作って売り出したい、石村社長は新しいお菓子作りのヒントを捜していました。

1977年、少女雑誌を読んでいたころ、ある投稿に出会います。

マンガが切っ掛け

「男性からバレンタインデーのお返しが無いのは不公平。      ハンカチやキャンデー、せめてマシュマロでも・・・」

これを読んで石丸社長は考えます。

お返しの菓子と日

バレンタインのお返しをする菓子と決まった日を作るのはどうだろう?

男性から女性へのプレゼントを自社銘菓の鶴乃子利用して作れないだろうか?

鶴乃子とは

鶴乃子とは石村萬盛堂の和菓子でマシュマロ生地で黄味餡をくるんだ明治時代から作られている博多銘菓です。

博多駅などで「博多土産」として売られています。

当時、石村萬盛堂は「鶴乃子」を代表菓子として販売していましたが売り上げの厳しい時期が続きました。

新しい菓子

 

なんとか新しいお菓子を作って世に出したい!

コンセプトはずばり

「バレンタインデーに君からもらったチョコレートを僕のやさしさ(マシュマロ)で包んでお返しするよ」

出来上がったのはチョコレートをマシュマロで包んだ真っ白なお菓子です。

そして次は日付

マシュマロをお返しする日をいつにするのか?

女性社員を集めた企画会議で3つの案があがりました。

①バレンタインデーの日付を逆さにした4月12日

②1週間後の2月21日

③1か月後の3月14日
しかし同時に懸念材料も

候補①は2か月も空いてしまい間延びする。

候補②はバレンタインデーから1週間後では、お菓子屋として多忙すぎる。

結局日の決まらないまま、その年の冬に

福岡唯一の百貨店であった「岩田屋、現三越岩田屋」へ提案しました。

「一番暇んなる3月14日がベストやね」 とアドバイスがあり、3月14日を記念日とすることに決定しました。

 

「マシュマロデー」スタート

1978年3月、満を持して男性から女性へバレンタインのお返しにマシュマロをプレゼントする「マシュマロデー」がスタートしました。

しかし数年間は売上の厳しい期間が続きました。
マシュマロデーを7~8年続けたころ、百貨店より2つの申し出がありました。

1、バレンタインデーのお返しにはマシュマロだけではなく、もっと幅広くお返しの文化としてできないか?

2、「マシュマロの白」を想起させる「ホワイトデー」に名称を変更できないか?

ホワイトデーの誕生

こうして「マシュマロデー」は「ホワイトデー」に名前が変わりました。

そしてホワイトデーの贈り物はお菓子だけでなく他の食品や衣料品など幅広くプレゼントが選べるようになっていきました。

ホワイトデーの仕掛け人

同じ時代に売上を伸ばすために色々な人達が工夫していたのですね。

お菓子業界全体で動いていたのです。

不二家とエイワ、全国飴菓子工業協同組合、石村萬盛堂すべての人達が同じ方向に動いてホワイトデーが出来ました。

マシュマロ、キャンディー、チョコレート、それにとどまらずマフラーや衣類などのプレゼントも良しとするホワイトデーの理由がこれで解ります。

 




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