横綱稀勢の里、引退

横綱だから引退

稀勢の里は横綱を引退した。

誰もが認め、誰もが残念に思う引退だ。

関取を続けたくても横綱には勝ち続けるか、負けて引退するか2つの道しかない。

もし、2年前に稀勢の里が横綱にならなければ、大関から番付を下げても関取を続けることができた。

また負け越しても休場することはなかっただろう。

といっても何回も続けて休場したり、負けが重なると途中休場してしまう横綱稀勢の里を信じることは出来ないかもしれない。

けれど大関だったなら休場しなかったというのは案外嘘とは言えない。

15年間ほぼ皆勤

理由は稀勢の里が横綱になるまでの事だ。

なんと驚く事に横綱になるまで稀勢の里が休場したのはたった1日だけ。

初土俵から15年間一度しか休場していない、連続出場回数953回までは一度も休んでいない。

小学校、中学校、高校、更に短大を皆勤で通い、休んだのは1日だけと考えればとても凄いことだ。

相撲の場所があれば熱が出ても土俵に上がる、腸捻転でも土俵に上がる、足の指が壊れても土俵に上がる、痛くても痛いといわず、顔にも出さず土俵に上がる。

それが稀勢の里の相撲に対する姿勢だった。

955回目からも横綱になり2017年5月の夏場所まで休場したことがない。

休場を続けた横綱稀勢の里からは考えられない内容だ。

左大胸筋は部分断裂

2017年優勝

稀勢の里が初優勝した2017年の1月場所は強かった、白鳳にも土をつけた、確かに強かったうえの優勝だった。

そして次の3月春場所も優勝した。

けれど13日目に日馬富士との取り組みで稀勢の里は相撲人生を変える大きな負傷を負った。

寄り倒され土俵の外にに落ちた際、左胸に大ケガをした。

しかしケガを押しながら翌日、翌々日も土俵に上がり、なんとか手に掴んだ優勝だった。

左胸の負傷は尋常ではなかった。

左大胸筋は部分断裂

左大胸筋は部分断裂していた。

部分断裂とは筋肉の一部が切れて断裂した状態。

もとに戻るため横綱の強さを見せるため、治療とリハビリに努め筋肉を休ませ鍛えるため休場した。

しかし、依然の力は蘇らない、得意の左のおっつけも使えない。

土俵に上がるも力不足をカバーするため新たにケガをする、そして治療とリハビリ、次の土俵を目指す。

辛い横綱2年間

稀勢の里にとって横綱の2年間はとても苦しい横綱時代になった。

誰よりも辛かったのは稀勢の里自身。

言い訳をしない、泣き言をいわない稀勢の里。

やれることはやったゆえの引退、悔いは無し。

稀勢の里関、長い間お疲れさまでした。

よく頑張りました。

これからは荒磯親方。