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人間と友達になろうとしたシャチ シナリオ6(最終章)

前回までのあらすじ

天敵のいないシャチ

Killer Whale と呼ばれたオルカ。

海の殺し屋、海のギャング、海の王と言われるシャチ。

シャチには天敵に該当する海の動物はいない。

魚を食べ、イルカを食べ、サメを食べ、クジラまで襲って食べてしまう。

実際にあった出来事

そんなシャチが人間と友達になりたがるなんてことがあるのだろうか?

20年ほど前にカナダ(Canada)のバンクーバー(Vancouver )で実際にあった話。

信じられないかもしれないがそんなシャチはいた。

前回までのあらすじ

そのシャチの名前はルナ。

独りぼっちでここに迷い込んだのは2才のころ。

ルナはまだ子供だがエサも自分でとり自立した生活をしていた。

ただ仲間がいないのでとても淋しがり屋。

人間との交流を求める人懐っこい姿は地域で人気ものになった。

しかしシャチを守るためにカナダの水産海洋省は人間と野生動物の間にある壁は守るべきだと考え、人々とルナの交流を禁止する。

シャチを聖なる動物と崇める先住民をはじめ多くの人がこれに反発。

その声におされ水産海洋省はルナを捕獲して遠く離れた場所にいる家族のもとへ帰すことに決めた。

先住民と水産海洋省のルナをめぐる連れ出し争いは終わり、水産海洋省はルナの捕獲をあきらめ、今はそのままの状態が続いている。

ルナのシナリオ5

ルナが見せた絆

種を越えた絆

私が受けた教育によれば、この世の中には数学的に割り切れる事実がある。

しかし、自然界の出来事の大半はそんな考え方では理解出来ない。

地球上では無数の生命が互いに関わり合い、未知なる何かが起きている。

種を越えた絆もデータでは決して表せない。

ルナはその絆を示してくれた。

我々が彼に感心を持つようにルナも我々に感心を持った。

シャチ

ルナと友情を育む

それからの数週間、ルナとの友情を育んだ。

逮捕される可能性もあった。

けれど側にいればルナは安全だった。

ルナは毎日やってくる。

ルナはまるで海そのもののように複雑で奥深く完結したひとつの生命。

親しくなればなるほど何故か神秘的な存在に感じた。

家から遠く離れた遊び場で2人きりで遊ぶ子供のよう。

私は言葉をしゃべり、ルナは声をあげて水面を叩く。

お互いに何を言っているのかは解らない。

それでも私たちの間には、間違いなく通じ合うものがあった。

春が近づくと科学者たちのグループもルナと接触する許可を求めた。

しかしルナと友情を結ぶ許可だけは誰も貰う事ができない。

シャチ

ルナとの接触を否定する人たち

群れには戻せなかったのに私たちの提案は拒否された。

提案そのものを否定した訳ではない。

政治的に複雑な問題があった。

確かに住民と話合う努力が欠けていた。

政治家は極めて慎重。

それは政治家にそう求めてきたから。

この種の問題で勇敢な決断など望めない。

シャチ

ルナの波乗り

2006年3月5日。

ボートが排水ポンプの故障で遅くなり時速15キロ程度でしか進めなくなった。

しかしルナは轟音と水しぶきが気にいったようで2キロ近く船の曳き波で遊んだ。

それから数日間、家族を訪ねるためルナの側を離れた。

訃報

心配していたことが事実に

そしてムートカ湾に戻る前日の3月10日、新聞社からある連絡が入った。

撮影したルナの最後の姿。

新聞の見出しルナがタグボートと接触して死亡!

当時の無線の状況

「こちらはジェネラル・ジャクソン号」

「こちらは沿岸警備隊」

「現在ヌートカ湾のムーヤベイにいます」

「報告があります」

「ルナが船のスクリューに巻きこまれました」

「了解 ルナの状態は?」

「助かりませんでした」

詳しい状況は解らない

ルナがどのような状態で死んだのか?

今も詳しいことは解らない。

水産海洋省は本格的な調査をしなかった。

ルナが死んだ翌日、妻と私はムーヤベイに行き弔いの花を捧げた。

浮いた花の間からルナがひょっこり顔を出すような気がして・・・

住民の気持ち

エイリアンを撃ち殺したと言わんばかりの冷淡な説明。

人生最悪の日。

心の奥が砕けてしまったよう。

なんというか・・・

先住民による弔いも行われた。

悲しい唄は続いた。

ジェイミーとルナの想い出

ルナの想い出は数えきれないほどある。

あの夜の光景は特に記憶に残っている。

夜更けの11時ごろ真っ暗な海にボートを浮かべ、ライトの光が海面に反射してユラユラ揺れていた。

ルナがボートの側へやってきた。

その時の姿が忘れられない。

闇に溶けたルナの体の輪郭だけがキラキラと光を放ちながら浮かび上がった。

幻想的。

まるでルナが星を纏って夜空で踊っているみたい。

だからルナを思うたびに夜空を見上げる。

ルナが残したもの

多くの人がこの悲劇に責任を負っている。

ルナを放置した水産海洋省、有効な手を打てなかった科学者たち、そして必ず安全を守ると誓ったはずの私も肝心な時にルナの側を離れていた。

そのことは頭を離れない。

しかし、ルナが与えてくれたものを思うと悲しみも怒りも後悔も消えてゆく。

人間とシャチは何百万年の時を経て違う動物となった。

それでも私たちには1つの共通点がある。

誰かを必要とする気持ち。

壁を越えてやってきたルナはこう教えてくれた。

友情は君たちが想っているよりもずっと大きなものなんだ。

後書き

第六章までの長い文をご購読ありがとうございました。

とても感動的な物語だと思います。

先住民も、科学者も。専門家たちも、水産海洋省の関係者、その他住民や関係者、マスコミやジャーナリストも含めてそれぞれの立場で真剣に考え、実施した結果はルナの訃報という望まない終幕になりました。

ルナが初めてヌートカ湾に現れて4年の間にどれほど多くの人間が真剣に考えて行動を起こしたかはルナにはわかならいでしょう。

けれどルナにとっては直接行動してくれた多くの人たちと接した時が楽しい時だった。

淋しさを忘れられる時だった。

20年も前の話ですがここに文字にして残します。