人間と友達になりたかったシャチ
Killer Whale オルカ シャチ
英語で Killer Whale と呼ばれるオルカ、日本語はシャチ。
サメやクジラまで襲って食べてしまうというシャチが人間と友達になりたがるなんてことがあるのだろうか?
これは20年ほど昔カナダ(Canada)のバンクーバー(Vancouver )で実際にあった話。
人間と動物の壁
人間と野生動物の間には壁がある。
壁があるのは私たちの心の中、それを形どっているのは野生動物に対する恐れと敬意。
人間と動物が仲良くなる話を子供たちに聞かせるのが好きだった。
たとえそれが夢物語だとしても。
しかしカナダの太平洋側にあるバンクーバー島の海でそれが現実の話となった。
シャチの話3年
私と妻はシャチに関する記事を書くため、ヌートカ湾に近いゴールドリバーという街にやってきた。
3週間ほど滞在してちょっとしたお話を書き上げるつもり。
しかし結果的にこの街で3年間も暮らすことになった。
出逢った生命体の話を書くにはそれだけの時間が必要だった。
ゴールドリバーの西に位置するムーヤーベイ
物語はそこにある木材の作業場から始まる。
2001年ここに小さなシャチが1匹姿を現した。
数か月ほどするとまるで人間に挨拶をするかのように船着き場やボートの直ぐそばに顔を出すようになった。
かまって欲しい
あの子はみんなにかまって欲しくてたまらない。
ダニンは家族が材木業を営んでいる。
信じがたいことだけど私たちと同じぐらいあの子シャチも私たちに会いたがっている 。
人々の反応は畏敬の念と思いやりで入り混じった。
おそらくあの子シャチは何かを必要としている。
子シャチがそばに近づいてくる
あれは日曜日の午後。
ムーヤベイであの子シャチがボートのそばに近づいてきた。
なんだか凄く淋しそう。
帰るのが忍びない
信じられなかった。
近づいてくるシャチが見えた。
シャチの赤ん坊はすぐそばまでやってきた。
あの子は独りぼっち、かまって欲しそうだった。
そのまま帰るのがつらかった。
感情が伝わってくる
こっちをジッっと見る。
顔をこの辺まで近づけて。
犬とも違う感じ。
コミニケーションをとろうとしていた、横になってこっちを見る。
獲物を狙うのではなく、仲間になりたいよう。
あいつの目はうちに来るお客より雄弁だった。
コイツには感情がある。
子シャチの観察役
人生には死ぬまで付き合うことになると思うことがある。
エドはこの子シャチの観察役になった。
木切れを持ってこっちへ運ぼうとしている。
鼻の上に乗せ吸気穴の後ろへ弾いていた。
子シャチは遊んでいるんだと思った。
交流しようと思っていたなんて気づかなかった。
尾びれで水面を叩いて冷たい水をかけられた。
子シャチは2才
シャチの寿命は人間とほぼ同じで科学者の推定によればこの子はまだ2才ぐらい。
自力で生きられるかどうかはわからない。
こんな小さなシャチがひとりで生きているなんて聞いたことがない。
赤ん坊を森の中に置き去りにするようなもの。
ジャングルブックのシャチ版。
ジャングルブックでは狼が人間の子を育てた。
しかしこの子シャチを育ててくれる人間はいない。
シャチにタッチ
子シャチがやってきたら触らないではいられない。
「触っちゃった!」
「沢山 触ったの!」
うちの一番下の孫娘なんて私が一番触ったって自慢していた。
あんなふうに動物とコミニケーションをとるのは素晴らしい気分。
「怖いのかい?」
「噛んじゃダメよ」
「噛まないでね」
「いっぱいなでてあげたの」
ボートから体を乗り出してシャチの頭を撫でたり、口を触ったり、舌に触れたり。
ボートのフロートを銜えたり。
口の中まで触っちゃった
凄く大人しい。
鼻をなでると口をちょっと開ける。
それで口の中へ手を入れるとさらにもっと大きく開ける。
舌を触ると凄くザラザラしていた。
人々はこの子シャチを愛し、子シャチの将来を心配した。
この子は何処から来たのだろう?
母親は何処にいるのだろう。
子シャチの生い立ち
子シャチはL98番ルナ
その疑問を解くため私と妻はシャチの生い立ちを調べることにした。
毎年夏になるとバンクーバー島海域にシャチの群れがやってくる。
2年前その群れに赤ん坊が生まれL98番という識別番号とルナというニッケネームがつけられた。
エサとなる魚が減ったためシャチの数も減りつづけ、残っているのは90頭未満。
それだけに地元の人は赤ん坊の誕生を喜んだ。
ルナの生い立ちには一つの謎がある。
産まれたばかりのルナはスプラッシュという名のシャチといたので彼女が母親だろうと思われた。
ところが不思議なことに数時間後にはキスカという別のメスの所に行き何日か一緒に過ごした。
その後ルナは再びスプラッシュのもとに戻ったものの他の赤ん坊に比べてはるかに自立した性格が見られた。
子シャチのルナは誰といても幸せそう
シャチの子の中には母親にベッタリな子もいれば、そうでない子もいる。
ルナはあっちこっちをウロウロしていて誰といても幸せそう。
ルナの赤ん坊時代は我々が記録した中でもっとも特殊なものだった。
しかもその傾向はますます強まった。
シャチはもっとも社会的な動物の一つ
ルナの属する群れを仲の良い家族のようなものだと考えていた。
彼らは互いに触れ合い、音声を発してコミケーションを交わし、協力して狩りや遊び、子育てをする。
人間と同様、シャチも生きていくうえで必ず仲間を必要とする動物。
シャチには人間と同じくらい強い社会的欲求がある。
シャチの欲求の方が人間より強いかもしれない。
ルナが1匹なのは
なんらかの理由で群れから逸れたルナは南の海から370キロ離れたヌートカ湾に迷い込んだ。
しかし、そこにシャチの仲間はおらずルナは独りぼっちになった。
後に科学者が水中の音声を調べたところルナは毎日仲間を呼んでいた。
しかし、その声は海底の岩にしか届かない。
他のシャチは1匹もいなかった。
淋しがりや
もしシャチが仲間との交流を絶たれたら精神的ダメージを受ける。
ルナはわずか2才でそのような状況になった。
次の夏、群れが戻ってくるとルナの姿が見えなくなっていた。
姿が見えないので死んだのだろうと思った。
やがてヌートカ湾に現れたシャチがルナだということが写真によって確認された。
シャチと人間の友情
子シャチのルナが求めたもの
ルナが求めていたものは何?
何を求めて人間に近づいて来た?
それは友情?
シャチに友情という感情?
しかし科学者は友情のような人間的概念で動物の行動を説明するのは擬人化であり間違った行為だと主張。
科学者は動物に対して友情という言葉を使うのを否定した。
しかし研究の結果、動物も人間と同様の感情を持つことがわかり、今では友情という言葉を使う科学者もいる。
シャチには確かに友情と呼ぶべきものが存在する。
その行動は見ていて楽しい。
人間と仲良くなろう
幼いルナの周りには友情を育む仲間はいない。
そこでルナは近くにいる別の動物である人間と仲良くなろうとした。
ルナは自分の望むものが解っていた。
元気がよく、愛嬌があって、ちょっと押しの強い子。
殻を破るタイプだった。
成長するルナ
まもなくルナを取り巻く状況は大きな変化を見せ始めた。
発端はカナダの水産海洋省が開いた秘密会議。
まさにトップシークレット。
えり抜きの鯨の専門家が極秘に集められた。
そして写真を見せられL98が7月からヌートカ湾にいる。
西海岸の海洋哺乳類担当はマリという女性に科学者がルナのことを話した。
ルナの友達捜し
これは異常な事で厄介な事態になる。
マリは人間と動物にある壁は守るべきだと考えている。
人間は出来る限り自然に介入するべきではない。
それがマリの信念。
日々そのようなメッセージを伝えている。
しかし野生動物の方が人間と一緒にいたがる場合はどうすれば良い?
ルナの友だち捜しはまだ始まったばかり。