人間と友達になろうとしたシャチ シナリオ5

ルナが心配でたまらない

Killer Whale と呼ばれるシャチ

キラーホエール Killer Whale と呼ばれ恐れられているオルカ。

ホジロザメを襲って食べるシャチ。

クジラまで襲って食べてしまうというシャチが人間と友達になりたがるなんてことがあるのだろうか?

カナダのバンクーバーでの話

これは20年ほど昔、カナダ(Canada)の太平洋側、アメリカとの国境に近いバンクーバー島(Vancouver Island )で実際にあった話。

そのシャチの名前はルナ。

独りぼっちでここに迷い込んだ。

推定年齢2才。

エサも自分でとり自立しているが淋しがり屋。

ルナのシナリオ4

ルナの側にいてやりたい

最初は近づくべきでないと思っていた。

でもルナが賢明に交流を求めてくるのを見ると胸が痛くなる。

どんなに近づくなと言われても側にいてやりたいという気持ちがうずく。

会いにやって来るルナ

それからの数か月間、度々ムーヤベイを訪れた。

いつも海岸から見ていたがルナは時々浅瀬に会いにきた。

人間をルナから遠ざけようという安全管理プロジェクトの努力は失敗に終わった。

しかし、ルナがこんなふうに人間と関り続けていればその先に待つものは破滅かもしれない。

シャチというのは知能が高く社交的な動物。

だから独りぼっちのルナは仲間を求めるあまり、命の危険があるのも知らず人間に近づいていく。

それは絶望的な状況かもしれない。

ルナが心配でたまらない

このままではトニーの言う通りになってしまう。

ルナがスクリューでケガをしないか、あるいは銃で撃たれたりしないかと心配でならない。

逆にカヤックにぶつかって乗ってる人を海に落としたりしないかも心配でたまらない。

ルナと人間、両者の安全がこれからずっと守られるなんてハッピーエンドはまず有り得ない。

そう考えてしまう。

ルナ6才の夏

多くのトラブル

その夏、ルナは6才になった。

危険は増していたが水産海洋省は何も策をとらなかった。

ルナは人間と遊ぼうとして多くのトラブルを引き起こした。

そのため、ルナに対して露骨な敵意を表す人も増えていた。

ある船長はルナの話をしながら銃をチラつかせた。

じゃれるルナ

そんな夏のある日、ルナがムーヤベイの作業場で丸太遊びをしているのを見た。

するとルナが杉の皮を咥えて秘かに近づいてきた。

遊ぶ気にはなれなかったので私はボートを別の場所に動かそうとした。

ルナは嫌がった。

ボートを海から揚げ、ルナをおいて行こうとした。

ルナから逃げるのはもうウンザリ

不意にルナから逃げるのはもうウンザリだと思った。

私は規則を破ってルナの目を見た。

そしてこう考えた。

ルナに何をしているんだろう。

愛のムチは最初は名案だと思った。

ひとりにすれば群れに帰るかもしれないと思った。

でも、効果は無かった。

この4年間、ルナに対する態度はまるで一貫性が無い。

ルナを壁の向こう側へ押し戻そうとしていた。

長く残酷な仕打ち

常識的に考えてこれほど長く残酷な仕打ちは必要ない。

科学的に考えてもこの苦しみが正当なものだとは思えない。

友だちになりたがるルナをこんなに苦しめて、自然は私たちを許してくれるだろうか。

いや、それ以前に自分自身を許せるだろうか。

妻と私はこの問題にもっと深く関わることを決意した。

本来ならジャーナリストは取材対象に深入りするべきではない。

でもルナを助けようとせずに事件を報じるだけというのは許されないと感じた。

適度な交流

みなルナに近づくなという指示に振り回されてきた。

結局は馬鹿げた努力だった。

もっと一貫性のある対策が必要。

独りぼっちで生きているルナには思いやりが必要。

ルナが問題を起こさないよう適度な交流をはかるにはどうしたら良いのかを話しあった。

野生動物を愛しながらも、しばしば間違った接し方をしてきた。

はぐれたイルカが人間の不注意で傷つく事故が各地で起きている。

しかしルナの場合、ジェイミーが注意を払っている間、安全は保たれていた。

そのような友情こそルナに必要だった。

これまでのように状況次第で遊んだり、無視したりしていたのでは信頼関係など築くことはできない。

ジェイミーや科学者、一般の人たちと協力し合ってルナのそばにボートを置こうと考えた。

必要な時に一貫した態度で注意深く交流することでルナの安全を守ろうとした。

水産海洋省とメディアに要望書を送り、毎日のように海へ出た。

水産海洋省からの通達

その結果、直ぐに厄介な事態に陥った。

ある日、イタズラの度が過ぎるルナを別の場所へと連れ出した。

すると水産海洋省からルナと関わったら罪に問われる可能性があると通達がきた。

水産海洋省のジョイスは私たちのやり方に強く反対していた。

ルナが求めているものを自分たちが与えられると思っている。

シャチは知能が高く社会的な動物だが人間に彼らの欲求は理解出来ない。

人間と野生動物の間には壁があるのだと確信している人々が大勢いる。

ルナと私たちがやっていることはその考え方を真っ向から否定するものだった。

私たちは危険な領域に足を踏み入れていた。

ルナの使命

先住民の多くはルナを超自然的な聖なる生き物だと信じている。

ルナはずっとここにいてくれると信じていた。

その事を思うと心が揺れる。

特別な存在だった。

ただのシャチではない。

何か理由があってここにやって来た。

きっとルナには使命がある。

その使命を果たすまで守ってあげたい。

ある先住民はもしルナが殺されたら、それはルナ自身が選んだ結末なのだと言った。

淋しさから邪魔をするルナ

ある日、カヌーが岸に向かおうとするとルナは別れるのを嫌がり、舳先を押して沖へと向けた。

カヌーはルナに邪魔されて岸にたどりつけない。

結局カヌーは他のモーターボートに牽引されて岸へ戻った。

このような状況を放置しておけば何らかの悲劇が起きるのは避けられない。

やがてくるルナとの別れ

ルナの思い

10月、妻はルナと交流をはかりながら安全管理を行うことができるよう各方面へ働きかけ、私は1日中海へ出てルナを見守った。

昼間は遠くからルナを観察し、夜はボートを止めて水中マイクでその声に耳を傾けた。

いつかルナはこう思いながら去って行くだろう。

「精一杯やったのに君たちは何も学ばない。もう行くよ!」

彼は我々にあらゆるチャンスを与え、こう語りかけている。

「さあ見て!この世界はまだこんなに美しい!」

長老アンブの4周忌

11月、先住民の人々は亡くなった長老アンブの4周忌の行事を行った。

これで喪が明ける。

長老アンブの生まれ変わりであるルナは姿を消すだろう。

長老アンブの孫の想い

祖父アンブの追悼が終わったので私たちはあのシャチが去って行くと思った。

でもどんな結末になるかは解らない。

死んでしまうのか?

ただこの土地を離れるだけなのか?

冬の嵐

ムートカ湾に冬が訪れた。

ある釣り人がルナは冬の間に誰かに殺されるだろうと言う。

「そんな事をすれば逮捕されるぞ!」と言うと彼は答えた。

「嵐の最中だったら誰にも解りはしないよ」

嵐の後、ムーヤベイに戻ると姿が見えず、声も聞こえない。

ルナとの絆

翌朝、私はルナを捜しに出かけた。

海からやってきて野生動物と人間の壁をぶち破った1頭のシャチ。

その小さなシャチを愛したことで妻と私の人生は大きく変わった。

私たちとルナは、もはや断ち切ることの出来ない絆で結ばれていた。

ムーヤベイを出て外海に向かった時、吹き上がる潮を見かけた気がした。

ルナは無事だった。

ボートの速度を落とすとルナが近づく。

私はもう逃げたりしない。

ルナの温もり

ルナを見てはいけない。

近づいてはいけない。

シャチの気持ちは理解出来ないから助けられない。

そんな考え方は過去に葬った。

もはや、水産海洋省も先住民もルナに積極的に関わろうとはしない。

だからこそ決心した。

たとえ規則に違反してでもルナの安全を守り抜く。

冷たい海の中で私はルナの温もりを感じた。