西城秀樹さん亡くなる

思い出

またひとり昭和のスターが亡くなった。

西城秀樹さん。

1974年に「傷だらけのローラ」、1979年には「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」、1983年の「ギャランドゥ」などのヒット曲が思い出される。

ほかにもカレーのCMはずいぶん長く放送されたいたと思う。

「ハウスバーモンドカレーだよ~

リンゴとハチミツ とろ~り溶けてる・・・」

今でも頭の中を曲が流れ、顔が出てくる。

寺内貫太郎一家

そしてドラマ「寺内貫太郎一家」にも長男周平役で出演した。

たぶんドラマに出たのははじめて。

毎回の親子喧嘩で父役の小林亜星に投げられ障子や襖を壊すシーンが印象的だった。

腕の骨を折ったこともあったはず。

この頃は新御三家といわれた西城秀樹、野口五郎、郷ひろみだった。

18年ほど前、自宅の地下には核兵器で襲われたときのためのシェルターを作ってあると言っていた。

闘病

見ていない

最近、10年以上テレビ画面で見ていないと思っていた。

実は15年前の2003年6月に韓国のサウナで脳梗塞を発症していた。

当時48歳。

脳梗塞とは脳の血管に血栓などがつまる病気で死に至る。

早急に適切な治療をすれば助かるが治癒後も神経障害などの後遺症が残ったりする。

例えば言語障害、歩行困難などだ。

入院をして闘病、長いリハビリの期間を経てテレビやステージに復帰をした。

2回目の脳梗塞

そして8年後の2011年に再び脳梗塞を発症して入院、闘病生活が続いた。

また、長いリハビリ期間を経て再び復帰をした。

先月4月14日にはコンサートも行っていた。

その後体調も悪くなかったのだが4月26日自宅で突然倒れて意識不明。

横浜市内の病院に緊急搬送された。

昨晩永眠

そしてそのまま入院、意識はその後も戻ることなく昨晩5月16日pm11時53分63歳で息をひきとった。

病名は急性心不全。

入院して意識のなかった20日間、何を考えていたのだろう。

見舞いにくる人達を部屋の隅で見ていたように思う。

懐かしい場所へも行っていただろう。

またひとり昭和のスターがいなくなった。

長い間、ご苦労様でした。

ゆっくり休んでください。