ダイビングレポート、パラオへ出発 108

パラオの紹介

成田空港から空の旅約5時間

パラオ共和国はミクロネシアの約200の島々からなる国です。

パラオ語ではBelau(ベラウ)、英語ではPalau(パラオ)と呼びます。

日本の真南にあり日本との時差はありません。

日本から3,179kmの距離

年間平均気温は27℃

スコールなどの雨は多いが台風の襲来はほとんどない国です。

歴史

4,000年ほど前から人が住み、16世紀にはスペインの植民地になりました。

その後、1899年にドイツの植民地になります。

1914年に第一次世界大戦が開始、日本海軍がパラオを占領しました。

戦後、日本の統治領となりました。

日本の統治下

パラオのコロールに日本の南洋庁がおかれ、多くの日本人が移住し住民の4分の3は日本人となりました。

ほとんど進んでいなかった道路などのインフラが整備され、学校や病院を設立、貨幣経済の移管を行いました。

移住した多くの日本人はパラオ人に対し極力差別のない扱いをするように心がけました。

日本語による学校教育がパラオの人達に対しても行われました。

年配の人は日本語を話す

このため現在でも年配の人は流暢な日本語が話せます。

また子供の名前に日本風の名前をつける人も多くいます。

第二次世界大戦が始まるとパラオは日本の大切な基地となりました。

だがアメリカ連合軍の攻撃対象となり、1944年にはペリリュー島の戦いで両軍に多くの戦死者をだしました。

このペリリュー島での戦いではパラオ民間人の死者はありませんでした。

1945年に日本の統治は終了しました。

アメリカの統治下

終戦後

戦争終結後、1947年にアメリカ合衆国の統治下となりました。

学校教育は英語による教育に変わりました。

アメリカは教育と福祉健康に援助を行い、食料が豊富に供給されました。

1981年パラオ共和国を発足させ、安全保障はアメリカが担うとしてアメリカ軍が駐留しました。

ついに独立

1994年に自由連合盟約国として独立しました。

現在パラオの産業は漁業とココナッツなどの農業や観光が主で、ほとんどをアメリカ合衆国からの無償援助に頼っています。

観光は温暖な気候と美しい海を求めて近隣諸国から多くの観光客が訪れています。

ダイビングでは多くのポイントがあり、その中でもブルーコーナーは特別なポイントで有名です。

 




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